ざんねんなマンボウ事件の真相〜改変されていく「マンボウは一度に3億個の卵を産んで2匹しか生き残らない」〜
私はわからなくなってしまった。
自分のすることが正しいのか、無意味なのか。
一度独り歩きし始めた噂は止まらない。
もう二度と止められないのだ・・・
マンボウを12年も研究する私にとってショックな事件が起きた。
マンボウのことなんて、どうなろうが皆はどうでもいいことかもしれない。
それでもいいと思う。
しかし、私はマンボウの研究をライフワークとして選んだ。
可能な限り「マンボウの正確な情報」を未来の人々に残したいと考えている。
だから、間違っている知見は正さなければならない。
これは私の個人的なポリシーだ。
事件は2018年8月17日に起きた。
アニメ化したざんねんないきもの事典(第10話)にマンボウが登場してしまった。
。
これを「ざんねんなマンボウ事件」と呼ぶことにしよう。
ざんねんないきもの事典にはいろいろな動物を収録している。
全10話という枠の中で、別にマンボウを出す必要はない。
私はマンボウをアニメに出して欲しくなかった・・・
何故なら、この本に書かれている内容は間違いがいくつか含まれているからだ。
これが普通の図鑑なら特に言及もしなかっただろう。
科学はドンドン進み、知見は更新されていく。
図鑑に最新情報をすべて反映するのは難しい。
しかし、100万部を突破して現世で大流行している。
皆がこの本を読んでマンボウに関する情報を「正しいもの」として認識してしまう。
マンボウの正確な知見を普及したい私にとってはさすがにちょっと見過ごせない事態だ。
わかっている。
100万に対して私一人が立ち向かったところで無意味なことを。
ここに書く記事に割いた時間も労力も無駄なことを。
それでも、もし伝えることができるのならば、私は少しでも多くの人にマンボウの正確な情報を伝えたい。
ネットに情報を残すことは未来の人々のためになると信じて。
今回の記事は勢いで書いているので少々辛口になることをご了承頂けたら幸いである。
ざんねんないきもの事典は独特の視点で生き物の魅力を発信し、子供を中心として人々に生き物への興味を呼び起こそうとして企画されたという。
これは斬新かつ素晴らしい試みだと思う。
この企画をパクったような本も多数登場し、タイミング的にけものフレンズとの相乗効果で大成功と言っていいだろう。
「発表した作品はアンチが湧いたら一流」という言葉がある。
人はそれぞれ独特な視点や考え方を持っている、まさに十人十色。
すべての人を満足させる作品なんてできやしない。
しかし、まさか私がその少数派のアンチになるとは夢にも思わなかった。
アンチというとその作品を頑なに否定しているように思われるかもしれないが、今回の場合はそうではない。
私はこの作品に対し、否定する気も出版を停止させる気も営業を妨害する気も全く無い。
何故なら、私も本を出版した経験があり、本作りがいかに大変であることかを知っている人間であるからだ。
ネットで容易に情報が入手できる現代、出版業界は本が売れなくて四苦八苦している。
何かしらのインパクトで本を売らなければ生き残れないのだ。
その気持ちはよくわかる。
特にこの本の場合、子供向けに企画されているので、面白い情報をコンパクトにまとめる必要があって難しいだろう。
その難しさもよくわかる。
だから、この記事を読んでも皆さんは「へぇ〜」と思って情報を拡散はしても(ものすごくして欲しい)、出版社に対して抗議などはリアクションは絶対にしないで欲しい。
私はいざこざを全く求めていない。
しかしながら、科学的知見という点については、少し物申したい。
この本について、私が気になるのはマンボウだけで、他の動物に関することはわからない。
科学の世界は非常にシンプルだ。
誰かが論文を出す →論文を読んでおかしいと思ったら誰かがその研究を再検討して新たな論文を出す →その論文もおかしいと思ったらまた誰かがその研究をまた再検討して新たな論文を出す・・・
というように、科学の世界では論文を媒体にして議論のやり取りが行われる。
当人同士が直接会って議論したら殴り合いになりかねない事態も、論文を媒介することで緩和されている。
科学的知見という点については、ざんねんないきもの事典は簡単に書かれている。
子供向けなので、面白い内容を短くまとめる必要がある、というのは私も理解できる。
しかし、コンパクトにまとめていることが原因で、情報の精度が落ち、その道のプロである生物系の研究者をイラッとさせているという声もtwitter上でちらほら聞くようになった。
研究者はだいたい、自分の研究した研究対象に対しては、その知識を正確に世の中に伝えたいと考えている。
ここで、情報の精度は多少落ちてもコンパクトにまとめたい出版社 VS 正確な情報を伝えたい研究者 の構図が出来上がる。
これは仕方の無いことかもしれない。
そして、ざんねんないきもの事典の場合、売れまくっているだけあって、この手の構図は今後ドンドン増えていくことは容易に予想される。
今回の事例を確認して、生物系の研究者は身構えて欲しい。
しかし、両者が直接殴り合ったところで、誰も得をしない、リスクしか残らない。
しまいにはマスメディアにネタに晒されて、やめておけばよかったという展開になるだけだ。
だから、意義を申し立てるなら、科学界で使われている方法がシンプルで良いだろう。
つまり、誰かが情報を出したのなら、その情報を検証して新たな情報を提示する。
相手の情報を引用して論破する形式だ。
これなら冷静に考える時間があり、これを見た人もどちらの意見が正しいかを選ぶことができる。
本は出版したその時点から批判される可能性も内包している。
何故なら、世の中には自分と真逆の考えをもつ人もいるからだ。
これは覚悟しなければならない。
それは私自身にも当てはまる。
私は以前、この本のマンボウのことに関して疑問に思うことがあったので、出版社に問い合わせたことがある。
その時のやりとりを以下に記す。
出版社側も子供たちのために誠意をもって作品を作っていることがよくわかった。
しかし、マンボウの正確な情報を世の中に発信したい私としては納得できない部分もあった。
出版社は作った本を再編するのはものすごい労力がかかるのでしたくないだろう。
それはわかるので、しなくていい。
本は売らないと収入が得られないので、広報して買ってもらわなければならない。
それもわかるので、本は売ってもらってもいいだろう。
そこは否定しない。
しかし、マンボウの知見に関しては納得いかないことがあるので、物申したい。
出版社とのやりとりで、作ってしまった本は仕方ないからいいやと思ったのだが、私の意見が反映されないまま、アニメ化されてしまった。
正直、残念と言うよりもがっかりした。
アニメ化に際して、マンボウを出さない、もしくは本の内容を修正するという選択もできたはずである。
だから、いたちごっこをしようと思う。
本が売れて正確でないマンボウの知見が広がるのなら、私も負けじと自分が知るマンボウの知見を発信する。
これなら直接ドンパチすることにはならないし、第三者はどちらの情報を信じるか選ぶこともできる。
あまり意味がないことは分かっている。
100万に対し、私はあまりにも無力だ。
しかし、私は少しでも多くの人にマンボウの正確な情報をお伝えしたい・・・
それでは、ざんねんないきもの事典に書かれているマンボウの記事に関して、どこがどう問題があるのかを解説しよう。
ざんねんないきもの事典に書かれているマンボウの情報を抜粋すると以下の通りだ。
マンボウは3億個もの卵をうむ →これが全部生き残ると海はマンボウだらけになる →しかし、現実では海はマンボウだらけになっていない →この理由はマンボウの泳ぎが遅く、防御手段も持たないから →3億個の卵のうち、99.999999%は死んで2匹程度しか大人になれない。
一見すると、すごく合理的なように思えるのだが、そこに罠がある。
この知見は3つの情報が合わさってできている。
<検証1>.「マンボウは3億個もの卵をうむ」
私も子供の頃見た図鑑にはこう書かれていたのでそう信じていた。
しかし、文献を読んで知識を蓄えていくうちに、これは原本の内容から改変されていることに気が付いた。
この知見のソースは「Schmidt, J. 1921. New studies of sun-fishes made during the “Dana” Expedition,1920. Nature, 107: 76-79.」とされている。
この77ページ目に「In a specimen of Mola rotunda 1+1/2 metres long, for instance, the ovary was found to contain no fewer than 300 million small unripe ova.」と書かれている。
これしか書かれていない。
どうやって推定したのか手法がわからない、卵巣重量とか必要な情報が欠けている。
もしかしたらもっと古くに知見があるのかもしれないが、引用文献が書かれていないので探すのは困難である。
有名な研究者なので、情報が間違っていないと信じるとしても、論文には「卵巣内に3億個の卵があった」としか書かれていない。
「3億個産む」とは一言も書かれていなかったのである。
私の推測では、伝言ゲームと連想ゲームの中で「マンボウは卵巣内に3億個の卵をもつ」→「3億個の卵を産める」→「3億個の卵を一度に産める」となったと考えている。
卵巣内卵の数=産卵数ではない。
卵巣内に3億あったとしても、それを一気に全部産むのか、分けて生み出すのか、研究された事例はないのでわからない。
細かいことを言うと、マンボウは外洋で産むと考えられているので、産卵数を調べるのであれば、大海原でマンボウが産卵した瞬間にすべての卵を回収する必要がある。ほぼ不可能だ。
だから、魚類の卵数は、通常、卵巣内の成熟した卵を計数して推定される。
「3億個もの卵を産む」という表現は言いたいことはわかるが、正確ではない。
<検証2>.「マンボウの泳ぎが遅く、防御手段も持たない」
マンボウが自分の餌以外で攻撃行動が見られたという事例は知られていない。
大人しくアシカに喰われている画像も出回っているので、防御手段も持たない大人しい生物であることはあながち間違ってはいないと思う。
しかし、マンボウは泳ぎは遅くない。
私も子供の頃に見た図鑑にはそう書かれていた。
海で横倒しになってプカプカ浮いたり、水族館でゆっくり泳いでいる姿からそう捉えられていたが、これは真の姿ではなかった。
近年の研究によって、マンボウは一部のサメと同様の遊泳速度で泳ぐことができ、魚の遊泳速度の中では中間的な位置に入ることが明らかにされた。
つまり、マンボウより泳ぎの遅い魚はたくさんいるのだ。
ソースは以下の論文である。
★Watanabe, Y., and K. Sato. 2008. Functional dorsoventral symmetry in relation to lift-based swimming in the ocean sunfish Mola mola. PLoS ONE 3 (10), e3446.
★Watanabe, Y. Y., Lydersen, C., Fisk, A.T., Kovacs, K. M. 2012. The slowest fish: Swim speed and tail-beat frequency of Greenland sharks. Journal of Experimental Marine Biology and Ecology, 426-427: 5-11.
★Watanabe YY, Goldman KJ, Caselle JE, Chapman DD, Papastamatiou YP . 2015. Comparative analyses of animal-tracking data reveal ecological significance of endothermy in fishes. Proc. Natl. Acad. Sci., 112: 6104-6109.
<検証3>.「3億個の卵のうち、99.999999%は死んで2匹程度しか大人になれない」
マンボウの死亡率・生存率に関する研究例はない。
上記の問い合わせメールの後で入手した文献「中村庸夫.2010.マンボウ.in:『記録的海洋生物 No1列伝』,誠文堂新光社,東京,p 82.」に、「マンボウは3億個産むが、卵はほとんど他の動物に食べられてしまい、成長できるのは1/100000000ほどとされている」と書かれているものを見付けたが、これも研究したものと思えず、根拠が無い。
よって、これらの数値はただの推測でしかない。
マンボウが産卵して多くの卵が死に、極一部しか生き残らないは確かにそうだろうと思う。
しかし、それはマンボウだけでなく、絶滅危惧種で話題になるウナギやマグロにも当てはまるし、自然界に生きる多くの生物がそうだろう。
実際、生存はその年によって増えたり減ったりしているので、実態を掴むのがものすごく難しい。
マンボウはまだ基礎的な生態も謎だらけで、生き残りを推定するレベルまで研究が追い付いていないのが現状だ。
だから、言いたいことはわかるが、「マンボウの99.99%はおとなになれない」から残念な生き物というのは少し納得いかない。
具体的な数値を出すのはよろしくない。
生物学にたしなみが無い人はこの数字を鵜呑みにしてしまう。
これはマンボウの卵数が他の脊椎動物より桁違いに多いから、という点で紐付けされているが、今後もしマンボウが3億個も卵数がなくて、ウナギやマグロ以下になったとしたら、残念な生き物から外れてしまうだろう。
これらのことは私の著書でもtwitterでも言及している。
歴史的には、「マンボウが3億個の卵を卵巣内に持つ」が改変され、これを説明する理由として「泳ぎが遅いから」、挙句の果てに「99.99%は死ぬ」という知見がおひれとして付けられて形を成してしまったと、推測する。
ネタとしては面白いと思う。
しかし、マンボウの正しい知見かと問われるとそうではない。
ざんねんないきもの事典が出版されたのは2016年、私が著書を出版したのは2017年、問い合わせたのも2017年、ざんねんないきもの事典のアニメは2018年。
2016年以前にマンボウの死因がネット上で流行った時期があったので、著者はそれを参考に書いたのかもしれない。
アニメ化の前に私は問い合わせをしていたので、できれば本の内容そのままは避けて欲しかった。
しかし、アニメが放送された今となってはすべてが遅い。
今後、さらなる展開として私が危惧することはこれにメディアが飛び付くことだ。
私はこれまで様々なテレビ番組からマンボウに関する問い合わせに対応してきたが、頭の固いディレクターが持つ番組は信用できない。
こちらの言うことを聞いてくれない。
テレビの都合の良いストーリーにマンボウの科学的知見を捻じ曲げる訳にはいかない。
おそらく、マンボウは人気が高いので、残念な生き物代表としてメディアに出る事もあるだろう。
鵜呑みにしないで欲しい。
マンボウを残念な生き物として広めたい人は広めればいい。
私は私でマンボウの正確な知見を発信し続ける。
それだけだ!!!
この記事を読まれた方がどう感じるかは個々にお任せする。
思うが儘にダダーッと書いたので、後でこの記事は修正するかもしれない。
2018年8月21日作成
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